白と黒の
邂逅

*いぬさん宅オルフェちゃんと共演です


ゆったりとした午後特有の時間が流れる執務室
紙にペンを走らせる音と紙が擦れる音、時たまぽんと判子を押す音が響く執務室
そんな執務室にそぐわない音も混じっているこの現状に背の高い男はその音の出所をちらりと横目で見て深いため息をついた
そんな男をちらりとも視界に入れずシャクシャクと音を立てていた


「なぁオルフェ・・・」

「んー?」

「俺にも一口頂戴よ」

「やーだ」


本来は仕事をする場所ではない背の低いテーブルに書類が散乱している
背の高いその男は肢体を窮屈ように縮こめ長い足を器用に仕舞い上品な革張りのソファーに腰を落としていた
オルフェと呼ばれた女はそんな男の横に男を背もたれにするような形でソファーに座っていた
一応遠慮や配慮としてなのか黒い靴はソファーの脇に乱雑に投げ出されていた
上下関係はこう一見してみるとオルフェの方が上に見えるが実際はオルフェは少佐という地位につき男は海軍で3人しか与えられることのない大将という地位についている
少佐と大将がこのように関わることなど普通はまずもってありえない、そう、普通ならば
オルフェとこの大将としての威厳の無い気だるそうな男―大将青雉はオルフェと十数年来の関係である
二人の関係はまたどこか別の機会に深く掘り下げるとして、とにかく青雉はオルフェが赤子の頃からその成長を見守ってきたこともありオルフェには強く物を言えない節があるのだ
それを理解したうえでこのような行動に出ているあたりちゃっかりしている

そして今回もその強く言えないことをいいことに青雉の悪魔の実の能力で氷の塊を出させ小脇に抱えて持参してきた氷削り・・・所謂カキ氷機でうきうきと削り始めそれまた何処にしまって持ってきたのか氷にかけるシロップを3種類と練乳という完璧に寛ぐき満々である
青雉はというと偵察という名で青チャリを使いサボろうなんて考えていた矢先の事でもあり突然来訪したオルフェのおかげですっかりタイミングを逃してしまった
仕方ないと自分もカキ氷を食べようと手を伸ばしたところをオルフェに払いのけられこれまたどこに隠し持っていたのか大量の書類をテーブルに叩き付け先ほど払いのけた手にペンを握らせたのは今から2時間前のことである
その間もシャクシャクとカキ氷を一人で堪能し続けた。氷が切れればその度に出せとせがまれ大人しく出せばその氷塊にうきうきしながら機械にセットする行為を何度繰り返したことか
時折冷たさで小さく唸りながら足をばたつかせているオルフェを視界の端に入れため息しか出てこない。もしかしたらこれがガープさんの計らいで俺に仕事をさせる為なのかもしれないと青雉がふと思いついた時だった
コンコン、と乾いたノックの音が執務室に響いた
これは現状打開のチャンス!とばかりに青雉がどうぞ、と間髪入れずに答えた


「失礼します、クザンさん仕事してます、か?」


ひょっこりと顔を出したのはオルフェの部下であるコビー達と同年代ながら准将という地位まで上り詰めた少女
名前はモンキー・D・というさらさらとした髪を高い位置にくくり背すじのピンと伸びた綺麗な少女だった

突然の少女の来訪にオルフェが青雉にもたれかかったままの姿勢でスプーンを咥えたまま固まっていた
これが他の海兵だったらどうなっていたことか。いや彼女でも大問題なのだがその彼女は普段きらきらとした瞳をもっときらきらと輝かせて今にも食いつかんばかりにオルフェを見ていた
正確にはオルフェの手の中のものをガン見していた


「た、食べる?」
「はいっ!」


その返事はとても早くとても歯切れの良い返事だった
オルフェが少々たじたじになりながら彼女を手招きすれば素直に駆け寄ってきてオルフェとは反対側に座り込んだ
女性二人に挟まれるという普段ならとてつもなく嬉しい状況なのにも関わらず青雉はまったく嬉しくなかった
仕事の虫が一人から二人に増えてしまったのだ。これではサボるだなんてできるはずもなく青雉は腹を括るように肩を落とした

シャリシャリと氷を削りながらオルフェが口を開いた


「何味が良い?いちごとレモンとブルーハワイがあるよー、ちなみに練乳オンリーなんて手もあるけどね」


練乳オンリーでもおいしいんだよこれがっ!
とそのおいしさを力説するオルフェにさらにきらきらと目を輝かせてどれにしよう!なんて考え込んだ少女の二人の間に挟まれどうしたものかとため息をつく青雉という不思議空間が出来上がった瞬間だった


「王道にいちごもいいなー・・・。でもっ、レモンってたまに食べたくなるし・・・・。やっぱ間を取ってブルーハワイ!!?」

「何杯でもおかわりしていいから好きなものから食べて良いよ」

「お、おかわり自由!何杯でも!?」

「そう、何杯でも何十杯でも可だよ」


オルフェがそう伝えれば心底嬉しそうに歓声を上げながら声高々にブルーハワイ!と伝えた彼女にオルフェが合点承知!なんて返事をしながらたっぷりとシロップを真っ白なキャンバスに振り掛ければそれを見ていた彼女からまた歓声があがった
楽しそうな二人だが何を隠そうもこうやって言葉を交わしたのは始めてである
互いに互いの存在は知っていたもののオルフェは少佐、ルファは准将という本来相対することの無い地位の差であるのだ、彼女達のような関係が普通でありオルフェと青雉の関係が異端であるのだ

オルフェは1度だけ遠目からちらりとしか見たことが彼女の立ち振る舞い、仕草、そして何よりも目がオルフェにはどうしても年相応の少女のもののようには感じなかった記憶があり、直接対峙したことはないが彼女の思考というのはただの少女のものではないと直感的に感じたのである
しかしこうやって見ればただの少女だった。とちらりと嬉しそうに口いっぱいにカキ氷を含み急な冷たさに頭を抱えながら笑っている少女を見た
考えすぎか、と氷を一口分掬って口に運んだ


「あっ!今更ながら私はモンキー・D・です。大将補佐しています」

「私はラクーン・オルフェです。それと今更なのですが准将殿は私に敬語など要りませんよ」

「いや!オルフェさんこそ年上の方ですので私に敬語なんてっ」

「海軍で年齢は関係ありません。実力重視ですので地位の上の方にタメ口をきくなど」

「駄目ですっ」

「私も譲れません」


先ほどの和やかな空気は一体どこにいったのやら一瞬にして一変した空気とこのままでは埒が明かないであろうと二人の性格を良く知る青雉がやっとこさ重い口を開いた


「めんどいから二人とも敬語無しね、これ大将命令だから」


いつにも増してだるそうにため息とともに吐き出されたその一言は二人の終わりの見えない会話を止めるには十分過ぎる一言だった


「クザン!!それとこれは話が別だろ!」

「あらららら、そんな怖い顔しなさんな。かわいい幼顔が台無しよ」

「よしクザン表に出ろ」


幼顔、その一言に普段は長い前髪で下ろされて見る事の出来ないオルフェの米神にカキ氷を食す為に上げてピンで留めていた為に青い筋が走ったのが見て取れた
今にも胸倉のネクタイを引っ張って最上階のこの部屋の窓から青雉を引きずり出そうとするオルフェを見ていた少女が今度は口を開いた


「オルフェさん!大将のクザンさんはタメ口で私に敬語はおかしいです!」

「こ、これには訳が・・・」

「私は敬語やめるからオルフェさんもっ!」


青雉のふとももに手を乗せオルフェへ身を乗り出し食らいつくようにそう言えば青雉のネクタイを掴んでいたオルフェが困ったように眉を寄せた
どうしようと悩んでいるのか琥珀色の瞳をゆったりと彷徨わせて約10秒。仕方ないと言わんばかりにため息を吐き出して困ったように笑った


「わかったよ。でも二人だけかこの面子でのみだよ」

「やったー!ありがとう!」


これですっきりだと言わんばかりに少し溶けてしまったカキ氷を流し込んだ
空になった皿を見て次は?とオルフェが問えば元気良くブルーハワイと答えた彼女に笑いながら氷を削る
先に彼女のカキ氷を作り渡した後でオルフェも自分の何十杯目ともわからぬカキ氷へと手をつけた


「しっかし、二人とも良く食べるね」

「甘いものは正義!」

「育ち盛りだからね」

の甘いもの好きは知ってるからわかるんだけどね。オルフェ・・・それは27歳の言う台詞じゃねぇな」

「うっさい」


二人は青雉にも目を向けずに黙々とカキ氷を頬張っていった
恐ろしいペースで次々と完食しその度に氷を無心で削り続けるオルフェとに氷人間ながら少し寒気を感じた青雉はその氷から目を逸らした
逃げ場に書類を使う日が来るなんて・・・心の中で嘆きながら目を通して居た時にふと青雉が気付いた


「二人ともそんなにブルーハワイ好きなのか」


おかわり合戦を繰り広げる二人に目を向ければその手にある氷にかかる体に悪そうな色をした青いシロップがふんだんにかかっている
ソファー脇のローテーブル上にある3種類のシロップを見れば断トツでシロップの減りが早い青色が見て取れた
この二人は似てる似てると思っては居たがこんなところまで似るとは
感嘆のため息を零した


「え?だって、ねぇ?」


オルフェのその問いにとオルフェが顔を見合わせ、便乗して彼女が「ねっ!」と答えた
その行為の意味がわからないらしい青雉は何事だと首を傾げれば4つの目が自分の顔に集中したのが分かった

そしてほぼ同時に開かれた口からこぼれた二つの音色に今までの疲れが一気に吹っ飛んだような錯覚に青雉は陥った





真っ青な舌がちらりと覗いていた