バスタイムの雫

山賊がマキノさんの店に現れ、酒瓶でシャンクスの頭を殴る事件が発生。
それでも笑っていた彼に、情けないと激高したルフィが店を飛び出してしまう。
おそらく今のルフィに彼の対応について説明しても理解出来ないだろう。
私は敢えて追わずに、一人海を眺めることにした。

この辺りの区域は天候も安定し、比較的波も穏やかである。
港に停泊中のレッド・フォース号も、今は帆を畳み静かに浮かんでいる。
彼らは長い期間この村を拠点にし時々航海をしている。彼是もう一年だろうか。
この周辺に何があるというのだろう。少し興味が湧いた。

そして私は潜入を試みる。これが意外とあっさり潜入出来て拍子抜け。
丁度いい隠れ場所を見つけて潜んでいると、出港準備を整えた船は港を出る。


この世界に生まれたからには大丈夫だろうと思っていただけにショックを隠し切れない。
まさか前々世の体質が、ここで大きな壁として立ちはだかるとは

── The. 船酔い

胃から込み上げる不快感に襲われ隠れているのも辛い。
視界の端から黒いカケアミのようなモノが中心へと広がり、目の前が真っ黒になる。
眩暈だと確信し何かに掴まろうと手を伸ばすも宙を掴み、隠れていた船尾の椰子の木から落下した。
近くにいたヤソップが驚いて駆け寄る。
何故こんな所に。大丈夫か。どうしたのかと、色々尋ねられるが答えられる気力がない。
辛うじて「吐く」と呟いたが聞き取れたのだろうか。
すると突如の浮遊感に見舞われ、今朝のハムエッグが胃から飛び出しそうになり慌てて口を塞ぐ。


「ちょ、ちょっと待ってろ。えーとえーと」

「お頭慌てすぎ。トイレか桶か、間に合わなければ海に…… あーあ」


抱き抱えられオロオロされてもこっちは切羽詰ってて。
矢張り手で抑えただけでは間に合わず、シャンクスの服にまで吐瀉物を撒き散らしてしまった。
侵入した上、船酔いで倒れ、ハムエッグを甲板に巻き、申し訳なくて涙が出てくる。
皆に合わせる顔がなく、両手で顔を覆っているとそのまま移動。
疑問符を浮かべる頭に冷たい水を掛けられた。


「冷たっ!??」


どうやら風呂場に連れてこられたようだ。
床に下ろされて滑りそうになり、シャンクスに掴まる。
彼もこの水の冷たさに驚いて、捻る蛇口を間違えたと笑っていた。
シャワーで汚れを落としているが、着たままでは埒があかない。


「湯船にお湯が溜まったぞ、入ろうか」

「入れ、じゃなくて入ろうか、ですと? 一緒にってこと?」

「何だ、嫌か?」

「嫌だ。私は女……」


そう『女』には変わりないが、今は七歳の少女だったと我に返る。
『女』 と呼べる体型にはまだまだまだまだだ。
いや、もしかして彼は──


「 ロ リ コ ン ?」


大爆笑される。


「まぁ、嫌ならおれが出た後に入ればいい。だけど、そのままだと風邪を引くぞ」

「分かった分かった。このままだと汚れも綺麗に落ちないし仕方ない。だけど、シャンクスはズボン脱ぐな」


彼の笑顔を見ていると一人狼狽しているのが馬鹿馬鹿しくなってくる。
観念して服を全部脱いで汚れをしっかり落とし、湯船に浸かることにした。


「ズボン脱ぎてェ」

「ダメ」

「汚れてるしさ、ね」

「チッ、ズボンはいいけどパンツは脱がないでよ」

「舌打ちされたみたいだが、」


全裸はダメだ。シャンクスはいいが私が死ぬ。
海賊の船長が汚れたズボンをパンツ一丁姿で洗っている。なんてシュールな光景。


「狭い」

「ルゥも入れる大きさだぞ。が隅に行きすぎなんだよ、ほら」

「ほら、じゃねェ! 待て待てやめろやめろNOォォォォォォォ!!」


隅っこで体育座りをしていたが強引に腕を引っ張られ、バスタブに悠々と浸かるシャンクスの上に座る形になった死にたい
唯一の救いが同じ方向を向いて座っているので、顔を見られなくてすむ点だ。
何年振りだよ男(ルフィは除外)と一緒にお風呂なんてシチュ。
暫く浸かっていると船酔いも治まり徐々に落ち着きが戻ってくる。
すると今までの痴態に申し訳なさがじわじわと込み上げてきた。


「ごめん、なさい」


怒っている気配はないものの、迷惑をかけたことに謝罪をすると、はぁと息が肩にかかる。


「村長さんやマキノさんにも、ちゃんと謝るんだぞ」


置手紙を書いたが心配しているであろうその人達とルフィにも謝らないとな、と天井を仰ぐ。
湯気が水滴となり頬に落ち、涙と一緒になって湯に落ちる。
ルフィと長時間も離れたのは初めてかもしれない。胸が苦しい。
遠く離れた双子の弟。離れていても心は繋がっている。

そんなセンチメンタルな心情をぶち壊すイビキが風呂場に響くまで、あと数分──



20130816 船酔いが収まってるのは船が係留した為