紅のカケラ

待つという行為は暇で暇で腐ってしまいそう。

シャンクス達が上陸してから彼是数時間、絶対に船から出ない約束で留守番をすることになった私。
甲板で右へごろごろ、左へごろごろ転がっても何も楽しくはない。
同じ船番のヤソップが釣りに誘ってくれたので、一緒に釣り糸を垂らして小一時間。釣れない。

次第に瞼が重たくなってきた頃、港にフードを深々と被った人影を発見する。
昼間の港は人々が行き交い、その中で特定の人物を気にすることは殆どない。
日中この気候の中、深緑の分厚そうなマントを深々と被る姿が異様に映ったのもある。
他とは違う雰囲気。武人の気。先導者の品格。それらを読み取った時、フードから顔が見えて思わず立ち上がった。

遠目でチラリとしか確認出来なかったが、己の記憶の中の人物と同一かどうかは分からないが──
確かめたいという衝動に駆られ、釣竿を放り出し陸に繋がる梯子階段を駆け下り桟橋を走る。


!? オイ、大人しく船にいろって言われただろ!」

「すぐ戻るから!」


港の中に入ると人混みに紛れ、見失ってしまう。
フードの男の向かったであろう方向を推測し、人混みを掻き分け進む。
突如、柔らかい壁にぶち当たり尻餅をつく。
見上げると、壁かと思った物はルゥのお腹で


「こんなところで何をしているんだ?」

「あ、シャンクス。う、ん…… シャンクス達の姿が見えたから出迎えようかなぁ、なんて」


伸ばされた彼の手に掴まりながら怪しげな返答をする。
多分、シャンクスは私の嘘を見破るだろう。しかし彼は追及しない。
結局、そのまま船に逆戻りでフードの男を追うことは出来なかった。



フーシャ村に着き、村長さんの怒りの雷を覚悟していたのに、港には誰もいなかった。
嫌な予感が胸を締め付ける。
一番最初に船から飛び降りた私は、ルフィを探して走った。

村人が集まり人だかりが出来ていた。
私は人々の間を縫って前に出ると、先日マキノさんの店で迷惑行為をした山賊団の頭であるヒグマが子供を痛めつけている。
それがルフィだと知ると、我を忘れて叫ぶ。


「何やってんだてめェ!!!」


私の口調と気迫に驚愕の色を見せる山賊達と村の人々。
静まり返った周囲にやっちまったと後悔しても遅しで。
この際それは横に置いといて、ルフィを助けにヒグマに突進。
山賊が私を捕まえようと奮闘するも、子供の体型を生かして逃げ回る。
隙をついて山賊頭の下まで走りこみ、彼の脛を蹴る。


「痛ェな! この餓鬼ィ!!」


彼も名の知れたお尋ね者。そう簡単には倒れてくれないようだ。
ヒグマは痛みを堪えながら、私の胸倉を掴む。涙目ですよ。
高々と持ち上げられ暴れるも足は彼まで届かず、精々彼の腕に爪を食い込ませるだけ。


「このヤローッ!! に何かしたら許さねェぞ!!」


ヒグマに踏まれても尚、私を心配し怒るルフィ。
私の地味な爪攻撃が効いたのか、顔を歪めてヒグマは私の腹に容赦なく蹴りを入れる。
吹っ飛ばされる私。周囲から上がる悲鳴。
だが、蹴りの威力を軽減する為、後方に飛んでいた私は空中で回転し華麗に着地。
する予定が、またもやルゥの腹に阻まれ着地失敗顔面強打。こっちのが痛い。

鼻血の心配をしていると突然の発砲。至近距離での銃声にキーンという酷い耳鳴り。
シャンクスに銃口を向けた山賊を、ルゥが撃った。
顔色を変えず、肉を頬張りながら引き金を引いたのだ。人を殺したのだ。
分かってた。彼らが『海賊』だと分かってのに、驚きを隠せず震える。

前世でも見たじゃないか。人が人を、仲間が敵を、自分が人を殺す場面を。
たくさんの死を目の当たりにしてきても、それは慣れるものでもなく慣れたくもなかった。
漸く耳鳴りが治まりシャンクスの信念の叫びが届く。


「── 友達を傷つける奴は許さない!!」


彼は、己が何されようが大抵のことは許すらしい。
だが、今回のように友が傷つけられると怒りを露にする。友の為に怒り動く。
私はただ、彼の背中を凝視しているだけ。

『海賊』とは何なのか──

そして、あっという間にベックマン一人で数十名の山賊を倒してしまう。
手下がやられ慌てた山賊頭は煙幕を使いルフィを連れて逃亡。
海に逃げたヒグマは海王類に食べられ、溺れるルフィを守りシャンクスもまたその近海の主に腕を持っていかれたのだった。


手術も終わり、村の宿で寝ているシャンクスに、マキノさんお手製の夕飯を届けに訪れた。
熟睡している様子に、音を立てないようそっと夕飯の乗ったお盆をチェストに置く。
左腕のシャツも、彼の腕もない。ルフィを助ける為に失った腕。
利き腕をなくしたというのに、どうってことないと笑う彼の笑顔が── 存在が大き過ぎて

頬に涙が伝うと、誰が見ている訳でもないのにそんな顔を隠そうとベッドに突っ伏す。
泣いてはいけない。腕を失った本人が笑っているのだから泣いてはいけないのに。
声を殺して泣いていたのに、いつの間に目を覚ましたシャンクスが頭を優しく撫でている。


「ばか…… ばか……」


違う。本当は感謝の言葉を紡ぎたい。言葉が出てこない自分を罵っているのに。
でも、ありがとうでは足りないから。
顔を突っ伏したまま、彼の頭を撫で続けた。



赤髪海賊団との別れの日。
シャンクスは自分の大切な麦藁帽子をルフィに預けた。立派な海賊になって返しに来いと。
そして私にはトップに赤い宝石のついたネックレスをくれた。
小さいが立派な紅色をした宝石を掲げてみると、太陽の光を浴びてより一層キラキラと輝いて存在感を示していた。
感謝を述べようと彼を見るとまた、その宝石のように光を放っていた。不覚にも見惚れてしまった。


「やっぱり似合うな」

「高価な物と子供って不釣合いだよ?」

はそれが似合う『女』 だと思っているが」


その言葉と共に、にやりと口端を上げた真意はいかに。
元気でな。あの時と同じように頭に手を乗せてぽんぽんと軽く叩く。
彼の大きな手は何でも包み込んでしまいそうで── まるで大海のようだ。

いや、それより

『女』として認識していた彼と、一緒にお風呂に入ってしまった白目。




20130816